要件を満たす株
「短観」の需給判断は、○四年以降の四年間にも若干の「供給超過」が残っているが、過去の傾向から見て、この指標には弱気のバイアスがある。
バブル期に次ぐ「供給超過」の縮小なので、実態は○四年頃から需要超過に転じていたと見てよいであろう。
需給ギャップは、もっと端的に需給の好転を示している。
○二年をボトムに需給ギャップは縮小し始め、○四年と○五年の水準はマイナスではあるが、バブル崩壊後の自律的景気回復(次節で詳述)の年となった九四〜九六年のマイナスの水準とほぽ等しい。
需給はその頃と同じ程度に改善していたことを示している。
○六年と○七年は、はっきりプラスに転じ、需要超過基調を示している。
これは、○三年以降、実質成長率が潜在成長率を上回り続けた結果である。
需給状況から判断しても、○四年に「デフレ」が終わったとみて間違いないであろう。
価格体系内で企業の物価は上昇、 家計の物価は下落。
それでは、何故GDPデフレーターは○四年以降も下落を続けているのであろうか。
何故総需要デフレーターとGDPデフレーターが異なった方向へ動き、各種物価指数もちぐはぐな動きをしたのであろうか。
それは、この時期に日本の価格体系が大きく変わっていたからである。
○四年度以降、総需要デフレーターは上昇しているが、その内訳では、家計消費デフレーターの下落と住宅投資デフレーター・設備投資デフレーター・公共投資デフレーターの上昇という価格体系の変化が起こっている。
また全国消費者物価は○四年度まで下落したあと、○五年度と○六年度には上昇したが、上昇は僅か○・ %にとどまっている。
また、このグラフには示さなかったが、消費者物価と同じように、現金給与総額も○四年度まで下落し、○五年度は上昇したが○六年度は横這い、○七年度以降は再び下落している。
これに対して国内企業物価は、○四年度以降、二・〇%前後ではっきりと上昇している。
輸出物価は○五年度から毎年三%程度のテンポで、また輸入物価は一年早い○四年度から四・七〜一二%という大幅なテンポで、それぞれ上昇している。
要するに、家計に係わる消費者物価や賃金は弱く、企業に係わる国内物価や輸出物価や輸入物価は強いという形で、○四年以降、価格体系の変化が進行しているという事である。
この価格体系の変化は珍しい現象だ。
通常、サービス業の生産性上昇率は製造業の生産性上昇率よりも低いので、賃金の上昇率が等しい場合、サービス業の賃金コストが割高、製造業の賃金コストが割安となる。
これを反映して、価格体系の中では、サービス料金が相対的に上昇し、製品価格が相対的に下落する。
このため、サービス料金を含む消費者物価が、製造業の製品価格で構成される企業物価よりも、相対的に上昇して行く。
価格体系の変化をデフレと見誤った罪−超低金利で「弱い円」「弱い経済」 高度成長期の後半がその典型であった。
企業の卸売物価が大きな変動を繰り返しながら長期的にはほぼ安定していたのに対し、消費者物価は大幅な上昇傾向を示した。
これは、製造業の生産性上昇率がサービス業の生産性上昇率よりも高いため起きる価格体系の変化なので、当時この消費者物価上昇を「生産性格差インフレーション」と呼んだ人がいる。
しかし、正確に言うと、生産性上昇率の格差は価格体系の変化の要因であり、一般物価水準の上昇であるインフレの要因ではない。
価格体系の変化を伴いながら一般物価水準が上昇を続けたこの時のインフレは、マクロ経済の需要超過による「ディマンドープルーインフレーション」であった。
高度成長期が終わった後にも、この価格体系の変化は続いていた。
また、九四年から○三年までは、○○年を唯一の例外として、消費者物価の上昇率の方が企業物価の上昇率よりも大きく、また消費者物価の下落率の方が企業物価の下落率よりも小さかった。
消費者物価の企業物価に対する相対的上昇という価格体系の変化は続いていた。
しかし、○四年以降、企業物価が上昇し消費者物価は下落ないしは小幅な上昇にとどまる形で、この価格体系の変化が逆転した。
高度成長時代に、価格体系の変化をインフレの原因と見間違えた人がいたように、今回も○四年以降の逆方向の価格体系の変化を、政府はデフレと見間違えたのである。
家計に係わる物価が下落し、企業に係わる物価が上昇するという価格体系の変化が起こっても、両方の物価を含む一般物価水準、すなわち総需要デフレーターは影響を受けない。
しかしGDPデフレーターは、この総需要デフレーターから、企業に係わる物価の一つである輸入物価を加重平均で差し引くので、価格体系の変化の影響を受け、下落を続けているのである。
価格体系の変化をデフレと見誤り、長過ぎる超低金利政策を続けていたことが、後に詳しく見るように「弱い円」を生み出し、極端に輸出に偏った「弱い国」日本を作り出す一つの原因となっている。
また「米国発の金融危機の衝撃」で詳しく見るが、日本から海外への資金流出を強め、○八年からの世界同時不況の原因となった米欧の「住宅価格バブル」の発生に一役買ったのである。
国内物価の割高縮小と国際原料品市況の高騰 このような珍しい価格体系の変化は、何故起こったのであろうか。
主な原因は二つある。
第一は、各国の市場経済が一体化するグローバル化の中で、IT(情報技術)が共有化され、価格、料金、賃金、家賃・地代の国際的平準化の圧力が強まり、日本の国内物価の国際的割高が解消過程に入ったことである。
第二に、BRICSを始めとする新興国の急速な発展に伴い、国際的な資源・子不ルギーの需給が引締まり、国際商品市況が高騰したことである。
第一の原因が、日本の家計に係わる物価を相対的に押し下げ、第二の原因が、日本の企業に係わる物価を相対的に押し上げた。
第一の原因をもう少し詳しく述べよう。
日本では、貿易の対象とならない広義の商品(非貿易財)の価格、すなわちサービス料金(流通マージンを含む)、賃金、家賃・地代や貿易に制限を加えている米など農産物の価格が、外国に比べて割高であった。
OECDが加盟国の国内物価を用いて試算した購買力平価を見ると、九五年の時点で、円の購買力平価は対米ドルで一七四円であった。
この年の円の対米市場レートは平均九四円であったから、日本の国内物価は米国の国内物価に対して八五%二七四÷九四)割高であった。
実際この頃海外を旅行すると、海外の物価が著しく安く感じられた。
その代わり国内に戻ると、海外に比べて物価が高く、日本人の生活水準は一人当たり名目GDPが示すほど高くはないことが実感できた。
しかし、購買力平価はその後一貫して円高・ドル安傾向を辿っている。
他方、円の対米ドル市場レートは、プラザ合意後八五年から九五年まで大きく円高となった後、九五年から九八年までやや円安となったが、その後はなだらかな円高円安を繰り返し、○七年までにあまり大きく動いていない。
このため、九五年の円高局面で大きく開いた内外価格差は、○○年や○四年の円高局面でやや拡大することはあっても、傾向としては、九五年以降一貫して縮小傾向を辿ってきた。
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